第三話「原初の葉(オリジン・リーフ)」
──宇宙ステーション《アルタイル・オルビタ》司令室。
「地球からの信号だと……?
本星は、150年前の大気崩壊で消滅したはずだ!」
将校たちの怒号が飛び交う中、アキラはただ一人、モニターを見つめていた。
波間に揺れる、緑の葉。
それは彼の胸の奥、遠い遠い記憶を激しく揺さぶった。
(あれは……母さん……?)
──それは幼い頃の断片的な記憶。
──海辺で母が見せてくれた、最後の一枚の緑茶の葉。
彼はそっと茶箱に手を伸ばす。
その箱は、代々の茶師に伝わる“初代の箱”。
まだ一度も開かれたことがない。
「行くのか?」
背後からリィゼの声。
AI外交官であり、いまや彼の唯一の理解者。
「ああ。地球へ。」
アキラは振り向き、微笑んだ。
「……帰らなきゃならない。自分が何者かを、知るために。」
──出航。
宇宙船《ツキヨミ》が、光の帯を引いて次元跳躍を開始する。
地球系宙域には、放棄された衛星群と、重力崩壊を耐えきれず漂う大陸片が、ゆっくりと回転していた。
「生命反応なし……いや、待て。極低温領域に微弱な反応。」
リィゼが声を上げる。
アキラは操縦席を飛び出し、観測窓に張り付いた。
──そこにあった。
崩れかけた大地。
だが、一箇所だけ光を放つ場所。
緑の光。
「原初の葉(オリジン・リーフ)……!」
彼は衝動のように、船外へ飛び出した。
──地表。
吹き荒れる冷気。
息も凍るような大気の中で、彼は見つけた。
一本の樹。
それは地球最後の茶樹だった。
しかし驚くべきは──その根元に、誰かが座っていた。
白い和服の少女。
穏やかに微笑み、茶を淹れていた。
「アキラ、お帰りなさい。」
その声に、アキラの膝が崩れる。
「……母さん……?」
少女は首を振る。
「私は地球。
この身体は、君の記憶が作り出した形。」
アキラの頬を、凍てつく風ではない、温かい涙が伝った。
「私は、君に最後の一服を差し出すため、待っていた。」
茶碗を受け取った瞬間。
彼の意識は、かつての緑の地球へと旅をした。
草の香り、土の匂い、家族の笑い声。
滅びる前の、生命の記憶。
そしてその中に、謎めいた言葉が響いた。
──「原初の葉は、終わりではなく始まり。」
アキラは、茶碗を強く握りしめた。
「終わりじゃない……!」
【次回予告】
■地球最後の茶樹の秘密
■アキラが背負わされた〈地球の遺言〉
■銀河を巻き込む再生計画
宇宙緑茶アーティスト【アキラ】
第四話「始まりの一服(ファースト・ブリュー)」へ──
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