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すぐ仕事を休むホワイトカラーvs這ってでも仕事に行くガテン系

おもしろ
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当記事の筆者は異色の職歴、経歴の持ち主である。

コンビニエンスストアの副店長7年、建築現場や倉庫、港湾に運送業などのガテン系10年、そして大企業での営業職、管理職などのホワイトカラー業務6年という、ブルーカラーとホワイトカラーのハーフのような職歴だ。

さらにコンビニエンスストア時代には夜の仕事やクラブのセキュリティなども兼務していた。

現在は副業でやっていたネットビジネスを膨らませて個人事業主として生計を立てている。

そんな少し変わった職歴を持つ身として、色々な働き方を見てきた者として、最近すこし考える事がある。

それは仕事に対してのホワイトカラーとブルーカラーの圧倒的なまでの考え方の違い、捉え方の違いである。

記事のタイトルにもあるがホワイトカラーの人間たちはすぐに仕事を休む。そしてすぐに音を上げる。

もちろんそんな人間ばかりではないが、99%のホワイトカラーは兎にも角にもすぐに仕事を休むのだ。

ブルーカラーはその逆である。

ガテン系の中でも建築現場で働く連中は特に休まない。そしてタフだ。

例えば前日の現場で骨折をしたとしても、翌日人が足りなければ普通に仕事に来る。

高所から落下し全身を強打して病院に担ぎ込まれても、翌日何事もなかったかのように仕事に来るのである。(ただし高所からの落下は死亡事故になる場合もあるが)

風邪や少しの体調不良なら基本的には休まないし、そんな事が理由で仕事を休もうものなら、「明日から来なくていいよ。」とリアルにクビを切られるような世界だった。

そして多少の体調不良や怪我で仕事に穴を開けた人間に対する同僚や先輩からの風当たりも強く、いわゆる休めない雰囲気がバッチリ整ってしまっている。

それに対しホワイトカラーの職場では風邪や捻挫などで仕事を休む人はザラだし、筆者が以前働いていた公的機関では、なんと花粉症がひどいという理由で仕事に二週間も来なかった事務員がいたくらいである。

この花粉症がつらいので休みますという電話を受けたときに、筆者は冗談か「あ、もうこの人仕事やめるんだな」と本気で思ったのだが、上長は「あー、そうか…それなら仕方ないね…、うん、じゃあ良くなったら来てね」と、信じられない対応をしていた。

このやりとりに関しては、ガテン系出身の人間からするとギャグ漫画かお笑いのコントか何かの1シーンに思えるが、ホワイトカラーの世界ではこれが普通にまかり通ってしまうのだ。

そしてその花粉症の事務員は、何事もなかったかのように2週間後に仕事に復帰したのだ。まさにアンビリバボーである。

まあこれは極端な例であるが、実際ブルーカラーとホワイトカラーの世界はこれくらい劇的に違うのである。

そしてこのマインドは仕事の取り組み方や考え方にも繋がっている。

ホワイトカラーの職場では「できません」が毎日飛び交う。

上長から「この仕事お願いね。」と書類を手渡された新人サラリーマンが、「いえ、言辞的に見てこの作業量はできませんね。」などど普通に返す世界だった。

建築現場で同じやりとりをした場合、鉄拳が飛んでくる可能性が高い。

実際10代の頃アルバイトで行っていた解体屋や運送屋では、「すみませんもう疲れて身体が動かないのでできません」と弱音を吐いた大学生が台車でぶん殴られたり、仕事中にミスをしたオジサンが泣くまで叱責されていた。

ブルーカラーにとって「できません」は禁句だし、それを言う人間は格好が悪くダサイ人と上からも下からも思われてしまうので、基本的には言わないし、できなそうな事でも無理をして「やります!」と答えるのがルールだった。

ホワイトカラーでは「できません」「休みます」が許されてしまうので、どうしても弱く情けない社会人が育ってしまいがちだ。

逆にブルーカラーはできなくても「やります」、辛くても「休みません」の世界で育つため、精神力が強く、ちょっとやそっとじゃ折れない社会人が育つ。

と、ガテン系マンセーの時の筆者は考えていた。

要するに甘ったれのホワイトカラーは情けない連中で、ブルーカラーで育った連中は強くそして自立した頼もしい人間になる。そんな偏った考えの人間だったのである。

しかし、ホワイトカラーの経験や自営業の経験が長くなった今は、少し違った考えを持つようになった。

できない事を無理してやり続け、身体は悲鳴をあげているのに気力と根性で仕事に生き続けたガテン系のあれは、果たして正しかったのか…と。

昔はそれが格好良いと思っていたし、それでこそ頼れる人間になれると考えていた。

しかし、本当にそうだろうか。

筆者が建築現場や運送屋で働いていた時に、友人が40度の熱を出しながらも現場に出続け、結果仕事中に意識を失いそのまま昏睡状態に陥った。

彼は奇跡的に一命をとりとめたが、しばらくの間後遺症で言語障害が残ってしまった(その後回復したが)。

また他の職場の上司は、とっくに限界が来ているのに仕事に出続け、出張先のホテルでついに過労死してしまった。

これはまさにブルーカラーの「無理してでも仕事に行く」という文化が祟った良くない例だろう。

ホワイトカラーの精神なら、このような悲劇は起きなかったはずなのだ。

仕事とは、命をかけてまでするものなのだろうか。

本来仕事とはお金を稼ぐためにするはずだ。

そうでなければボランティアでもやれば良い話だし、生活のためにお金を稼ぐ手段、自分の人生をより豊かにするためにお金を稼ぐ場所、それが仕事のはずなのである。

その仕事が元で命を落としてしまったり、健康を害してしまったのでは、本末転倒なのである。

だがしかしガテン系のマインドはまさにそれであり、ホワイトカラーの甘ったれた精神こそが、本来丁度いい節度のはずなのである。

むしろ体調が悪ければ休むべきだし、やりたくない仕事ならやらなくて良いのだ。もちろんある程度は妥協せねば生きてはいけないので、そのさじ加減は調節するべきだが、人生を豊かにするためのツールでストレスを被るのでは、何が何だかわからない。

しかし真面目な日本人の気質と、ガテン系の根性論が相まると、そこらへんの仕事の本質が見えなくなってしまう。

筆者もそうだったのだ実際。

医者から「緊急入院をして今すぐ手術が必要です。」と言われた事があったのだが、「現場が忙しいので無理です。」と先延ばしにし、結局さらに大ごとになってしまった事がある。

この時は自分も職場の雰囲気も、「よく耐えた!偉い!」だったのだが、今考えてみれば正直ゾッとする。

要するにガテン系のあの「休めない雰囲気」に洗脳され、正しい判断が下せなかっただけの事だ。

命あっての人生だし、命あっての仕事である。

医者が入院して手術しろと言っているのに、仕事があるから無理ですなんて、今の自分からすると愚の骨頂だ。

こう考えると、むしろ正しかったのはホワイトカラーの方なのではないかと、最近は思うのです。

事実、命や健康を呈してまでその仕事に行かなければならないほど、高い賃金を貰っていたわけではないし、寿命を削ってまで仕事に行く意味とは?と過去の自分に問いただしたいくらいである…。

とはいえホワイトカラーの甘々な環境で若い時からずっと育ってしまうと、仕事以外のシーンでもその甘えが命取りになる時がくるかもしれないし、何か人生の有事の際、圧倒的にホワイトカラーのぬるま湯で育った人間よりもブルーカラーでもまれた人間の方が動けるのは確かだ。

このバランスは非常に悩ましいところであるが、結局のところ絶対の正解はないし、人それぞれ生きやすい方にどっぷり浸かれば良いのだ。

あなたは自分の今の仕事に対して、何か疑問やクエスチョンを浮かべる事はあるだろうか。

ほとんどの人間にとって仕事は人生と切り離す事ができない重要な物なので、一度考えてみると何か今後の人生のヒントみたいな物が見えてくるかもしれません。

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