※この話は実話を基にしたリアルな物語ですが、実在する団体や個人名を伏せるために、至る所に仮名を使っています。
終わり
順調に思えた二人の暮らしは長くは続かなかった。
普通の暮らしが初めてだった二人には、少し穏やかすぎたのだろうか。
非常に複雑なのだが、2人の暮らしはたしかに幸せで平穏で、本当に穏やかだった。
しかしそれまでの交友関係や取り巻く人間関係は何も変わっていないし、二人だけが普通になっても、周りはそれを許してはくれないのである。
クスリ漬けになっていく身内、金銭トラブルを抱える仲間、暴力や犯罪から離れられない者もたくさんいるし、その仲間との繋がりを完全に絶つのは不可能に近い。
結局普通の人間に憧れて新しい暮らしを始めてみても、近い人間にトラブルは絶えず起き、それに巻き込まれる形でまた夜の世界に引っ張り込まれていくのである。
ここも詳しくは書けないのだが、少年Aとその彼女はトラブルに巻き込まれ、それが大きな揉め事に発展し、警察沙汰になり、最終的には逮捕者も出し、二人の普通の暮らしは終わりを告げた。
結局家を借りてから1年ほどで少年Aの彼女は行方不明(詳細は書けない)になり、少年Aは絶望しさらなる闇の世界に堕ちていく事になる。
少年Aは絶望のせいか三日三晩一睡もできなかった。正真正銘3日間1秒も寝ておらず、こんな事シラフで出来るのかと思うほどに意識が眠らないのだ。
恐らく彼女がいなくなったショックでおかしくなっていたのだと思う。
少年Aは彼女がいなくなったアパートの部屋で、一人でテーブルを見つめていた。
そのテーブルは彼女と毎日一緒にご飯を食べたいわゆる思い出の品で、温かった二人の暮らしを感じられるエネルギーを持ったテーブルなのである。
小さなボロアパートの小さな部屋、そのテーブルも決して大きくもなく、安価なプラスチック製のちゃちなテーブルであったが、ついこの前まで温かな料理が並び、確かに幸せだった空間の中心にあったテーブルだった。
少年A「ちっ。クソだなあ俺は。」
時折そうぼやきながら、少年Aは不思議と研ぎ澄まされたような感覚を感じていた。
物凄く大きな喪失感と、無念な気持ちを味わったあとにくる虚無感からなのか、妙に心が静かで、部屋の空気が冷たく感じられた。なんだろう、まるで深い深海の中にいるように暗く、でもクリアーな感じで…、上手く文字では書き表せないような不思議な感覚だった。
72時間以上も寝てないからハイになっていたのか、この不思議な感覚の中で少年Aは物凄く色々な事や、自分の深層心理にアクセスできて、これまでの約20年分の人生で考えてきた事の何倍もたくさんの事に思念を巡らせたような気がした。
ドラッグ以外でこんな感覚になった事はなかったし、むしろそういう物の影響下でハイになっている時よりもしっかりと物事を感じられた。
この出来事を境に少年Aは自分の事を客観視できるようになった。それまでは無我夢中で突っ走って生きてきて、感情に任せて常に場当たり的に行動していた少年Aだったが、妙に落ち着き、何かをする前に必ずよく考えてから動くようになった。
ちなみにこの不眠状態の後半で少年Aは幻聴を聞いている。当時勤めていた職場のパートさんからも「今だれと話してたの…?」と心配されるほどで、内なる声と会話をしてしまったりと、だいぶ様子がおかしかったようです。
でもこの時の奇妙な精神状態の時に、少年Aが自分自身を見つめなおした事は間違いない。確かに間違いのだ。
そして少年Aは静かに一人、覚悟を決めた。
少年A「この暮らしから根本的に抜け出すには、大金を稼がないとダメだ。まずは大金を稼いで生活を安定させ、自分自身にゆとりを持たないといけない。そうしないと誰かを救うなんて無理だし、自分自身も救えない。要するに今までの怠惰な生活のツケが今まわってきてるんだ俺は。頑張らなかった自分を変えるには、物凄い覚悟が必要だ。でもここで覚悟決めて変わらないと、俺の人生にはハッピーエンドはこないし、周りを笑顔にする事もできない。」
他人からすると若干意味不明な事を言っているように感じるが、少年Aには自分の歩む道が定まった気がしたし、目指す場所が明確になった気がした。
そう。彼はこのアパートでの暮らしで自分が求めていた物は【平穏】だったんだと確信していたのである。
今回は自分が至らずに平穏を破壊してしまい、自分も彼女も崩壊してしまった。
でもどうしても彼は【平穏】をまた手に入れたかった。
だから少年Aは金を稼ぎに東京に出る決意をしたのであった。
その【平穏】を手に入れる手段や計画が間違っているかどうかはわからなかったが、とにかく行動する事にした。
死に物狂いで行動しないと、本当の意味で夜の世界から抜け出す事は不可能だと悟ったから。
少年A「歌舞伎町にいこう。」
コメント